吉田誠〜空飛ぶおやじのスローライフ

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zoom RSS Soul Food

<<   作成日時 : 2010/07/27 00:48   >>

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地方を訪れると地元の人たちに薦められる郷土料理が必ずあります。
長い歴史に培われた郷土料理は、地元で採れる素材を使い、
調理方法にも先人たちの知恵がつまっているので、
やはりそれなりに美味しいものが多いというのが実感です。

ところが、最近薦められる料理には、
メディアに取り上げられたいわゆる”ご当地B級グルメ”が多くなりました。
一種の流行なのでしょうね。
熱心に「これが私たちのソウル・フードなんです。是非、食べてみて下さい。」と言われると、
断れきれず(好奇心もあって)食べてしまいます。

で、その料理がどうかというと、
歴史も浅く(せいぜい戦後)、
素材の一部が地元産ではあるけれど、特別なものではなく、
調理方法にも大して特別なものはないこともあって、
はっきり言って美味しいと思えるものは少ないというのが僕の本音なんです。

でも、
地元の人たちからしてみれば、
子供のころから食べている料理で、子供のころの思い出もつまっているものですから、
やはり”ソウル・フード”であるという思い込みは否定できないですね。
それが食文化の”文化”たる所以なのでしょうけれども…。

ちなみに、僕の故郷のソウルフードと言えば、
茶がゆと金山時味噌なのですが(歴史はとっても古いのですが)、
多分、他の地域の人から見ればそんなに美味しくはない料理なのだろうなと思います。
確かに、本来の意味の”soul food”ではあるのですが。

でも、最近のB級グルメブームは、
メディアがつくりだした流行であって、文化かどうかと言うと??ですね。
それに乗っかってB級グルメで地域活性化なんて言ってる自治体が多いのにも、
なんだか哀しい気分になってしまいます。

何故、こんなことを書いたのかって?
多分、
先週食べた某地域の”ソウル・フード”があまりにも不味かったからでしょうね。(苦笑)

最後に僕流の”soul food”の定義を紹介します。
「歴史的、社会的、地理的な背景により、
それしか食べられなかった(風土的制約もありますが、社会的制約(身分差別など)によるものも多い)、
それを食べるしかなかった(同上)、
その調理方法しかなかった(さまざまな制約の中で、できるだけ美味しく、日常的に食べるための英知がつまっている)
といったネガティブな制約要件のもとで生みだされた、
地域産の素材を使い、独自の調理方法でつくられた料理で、
伝統的、日常的に食された家庭料理」
ということになります。

だって、”soul food”の本来の意味は、
”Food traditionally eaten by African-Americans in the South”
ですものね。















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