吉田誠〜空飛ぶおやじのスローライフ

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<<   作成日時 : 2011/01/07 02:37   >>

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学歴、肩書、地位、そして与えられた権限を、
自分の力だと勘違いしているひとは、
他人を、同じように学歴、肩書、地位で評価し判断しようとするものです。

そして、いつも他人と自分をそんなものさしで比べないと気がすまないものですから、
他人を見下して自己満足に浸ったり、
妬心を抱いたりしてと、とにかく心を消耗させるのに忙しいのです。
いわゆる(?)「相対的価値観」というものさしです。

かつて、ひょんなことから”事業仕分け人”なんぞを務めていた頃、
何人もの輩が、
かつて僕が在籍していた職場に電話をして来て、どんな奴だと聴いたそうです。

圧力をかけたかったのか、見下したかったのか…。
電話を受けた元同僚の幹部曰く、
「何とも狭量な人たちだよなあ。
おまえと直接会って評価すれば良いものを。
会えば、すぐわかるよ。おもろい変な奴だってことがさ。」

確かにそうですよね。
自分の眼で、僕と言う生身の人間を、
偏見なくありのまま直視し、自分なりに評価を下せば良いと思うのですが。

でも、見下すべき人間に公の場で批判されたと感じた人間からすれば、
プライドが傷つけられたのでしょうね。その心理はすごくよくわかります。
でも、「そもそもひとを見下すような人間は○○です。」
ちなみに、これは、僕の親父の教えです。(笑)

でも、生身の人間同士、つまりただのおっさん同士として対面することが、
もしかしたら怖いという潜在的な心理があるのかもしれません。
多分、生身で喧嘩なんかしたことないでしょうからね。
(話が変わってる?)

確かに、生身で発揮される力、
外見(強面という意味)、腕力、体力、サバイバル能力、
現場知識、ビジネススキル、志のピュアさ(ホント)、
それに、ボケとツッコミの腕、農作業スキルでは、
僕の方が確実に勝ちそうですものね。(笑)

まあ、僕の学歴、肩書、権限、地位なんて、
どれもこれも大したことないですから、
結局、どんな場面でも、役割でも、生身で勝負するしかないんですけどね。(苦笑)
所詮、お上には、弱い立場の民ですから。

偏見なく、ありのまま事実をとらえ、
偏見なく、ありのまま人を受け入れるには、
ありのままの自分を晒せる覚悟が必要です。
だって、見栄をはっても、とりつくろっても、現場では見破られちゃいますから。

肩書なんぞ通用しない世の中の方が、
ある意味健全なのかもしれませんね。
ただし、生と死の境というものを絶えず意識しなくちゃいけない世界でもあるのですが。

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