吉田誠〜空飛ぶおやじのスローライフ

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<<   作成日時 : 2011/06/14 09:15   >>

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茨城、福島を訪れた時、
地元の何人かの生産者たちから聞いたのは、
「福島原発だけ津波が高いはずがない」という言葉でした。

要は、福島原発の周辺では津波の高さがそれほどでもなかった。
福島原発だけ「想定外の津波」が来たはずがない。
福島原発が実は「想定外の津波」ではなく、
「想定内の地震」により、既に致命的な被害を受けていたのではないか?
という疑問なのです。

「津波の高さ」と「地盤沈下」との関係も考えなければなりません。
しかし、津波の被害が想定外だった理由が地震による地盤沈下だったとしたら、
やはりそれは「想定内の地震による被害」だったということになります。

もちろん、
今回の津波が想定外だったことに問題はないのか、
被災後の対応に問題はなかったのか、
も問われるわけですが、
東京電力、政府、自治体、学者の情報を信じられなくなった
私たちにとって唯一出来ることはself protectしかないと思わざるを得ない状況です。

情報の収集、分析の根幹は、
公表された情報の表面的な意味ではなく、
その変遷の意味(情報の内容、出し方、データの加工方法などがどう変わって来たのか)、
その行間の意味(公表情報に書かれていない部分、その表現が使われた理由)、
その背景にある公表の主体や媒体の保身や打算、意図など関係者の利害を、
冷徹な眼で見抜くことにあります。

裏取りと裏読みが基本なのですが、
それをできるジャーナリストを育てられなかった日本というものを痛感しています。

電力問題にしても、
本当に電力は足りないのか?(供給可能量に嘘はないのか)
本当にコストが上がるのか?(比較すべきコストは何か?リストラクチャーはできないのか?リスコストは勘案されているのか?新エネルギーを現時点で比較判断するのではなく、未来に向けた技術開発に投資すべきではないのか?)
利便性はどこまで保持する必要があるのか?
などをきちんと検証しなくてはいけないですね。

最後の利便性については、
「原発反対と言っているけれども、暮らしの利便性を私たちは捨てられるjのか?」
という意見も耳にします。
それは評論すべきことではなく、自らが決めることでしょうね。
経済活力を落とし、雇用を喪失することは極力避けるべきですが、
東京と田舎の両方で暮らしている人間にとっては、
東京という特異点の利便性はまだまだ低下させても大丈夫だと言い切ることができます。

もう、評論家は要らない。
一人一人が思考し行動すべきときなのでしょう。








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