吉田誠〜空飛ぶおやじのスローライフ

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<<   作成日時 : 2012/05/05 23:16   >>

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先日、
昨年の春に急逝した大学時代の友人宅を訪れました。

単身赴任先である東京の宿舎で週末の夜に突然倒れ、
翌日、連絡がつかないことを心配したご夫人からの要請で
部下が官舎を訪ねたときには、既に亡くなっていたのです。

震災の直後のことでもあり、
僕も含めて大学時代の友人たちに連絡が入ったのは、
亡くなられてから1ヵ月以上経ってからのことでした。

ですから、葬儀にも参列できず、
また、遠方なこともあってこれまでお伺うこともできなかったのです。
そこで、今回、休暇を利用して、御仏前にお詣りさせて頂いたのです。

彼とは、大学時代、僕が一期上でしたが、
研究会、サークルも下宿も同じで、よく遊び、よく学んだ仲間でした。
後で聞いたのですが、
大学時代の友人で最後に彼と酒を呑んだのが僕だったとのこと。

そういえば、亡くなる3か月前、
彼からの誘いで、彼と彼の次男と3人で飲む機会がありました。
息子さんの就職に際して、助言を与えて欲しかったみたいです。

僕も自分の息子が仕事で悩んでいるとき、
息子というものは(自分もそうであったように)父親の助言は素直には聞けないものだろうからと、
友人に頼み一緒に飲みながら助言してもらったことがありますから、
よくわかります。

ご自宅では、夫人とご長男が迎えてくれました。
なつかしいアルバムを拝見しながらの思い出話。

「飄々としているんですけど、
でもちゃんと人の心情を見ていて、芯は熱いヤツだと思っていました。
いるだけで温かくなるそんな男でしたよ。」

でも、亡くなったという実感がちっとも湧いて来ないのです。
多分、一生、実感がわかないままなんじゃないだろうかと思ったりもします。

昔から人の死に際して思うことは、
どんな人間が亡くなっても、
世界も、社会も、周辺の人々の暮らしも、
まるで何事もなかったかのように、それまで通り動いてゆくのだなということでした。

僕が死んでももちろん一緒。
淡々と日常の日々が繰り返されて行くはずです。
だからこそ、安心して愛する者たちを残して逝くことができるのでしょうけれど…。

この歴史が延々と繰り返されて行くのですね。

画像

写真はその日に撮影した夕暮れ時の関空橋です。

「あまりきれいじゃない夕焼け空だね。」
「うん、何だか切ない空だね。」
「…切ないネ。」




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